なんて最低に輝いてるんだ

「なんて最低に輝いてるんだ」はロバートクラムのドキュメンタリー映画から       映画 洋ドラ カートゥーン バンドデシネ 音楽 読書 旅行 イラスト 写真 カクテルなどなどよくわかんない謎のブログ

70sアメリカへの果てしない旅

仕事を辞めてからというもの、飽きて放置していたこのブログだが、ここ最近の連日の更新に、数少ない読者は驚いていることだろう。

最近になってまたブログ愛が再熱してきており、何より自分語りがしたいという気持ちでいっぱいなのだ。

いっぱい?いや、おっぱい

おっぱいといえばラスメイヤー。

ラスメイヤー監督の「the immoral mr teas」を観てましたが、チンタラとおっぱいばかり流して、これはけしからん!

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オッパイ監督と噂には聞いていたが、ホントにオッパイしか見どころがないじゃないか!

そもそもオッパイを見て何になるというんだ。勝手な持論で講釈垂れて申し訳ないが、ヘンタイ監督を名乗るなら感情移入できなきゃならんだろう。

そうじゃなきゃシネマとは言えんよ、スコセッシもコッポラもそう言ってる。

JGバラードじゃないが、アウタースペースからインナースペースへ、表層的なエロから感情移入できる精神的なエロへ。

ポルノ映画界のニューウェーブですよ。

年に3本くらい映画を作ることでお馴染み、元ポルノ監督の城定秀夫はちゃんとした劇映画しか観たことないが、「ビリーバーズ」とかオッパイしか見せてないけど、なかなかエッチだろう?ちゃんとした監督は見せ方がちゃんとしてるんだわさ。

この世には、その分野に携わる全ての人間が参考にすべき作品というものが存在するんだよ。

アイビーファッションを語る上で「take ivy」という写真集は随分と参考にされたそうな。

アメリカのアイビーファッション文化を日本に定着されるその過程で、石津謙介のVANもそうだが、やはり「take ivy」は視覚的に定着させる上で大きな役割を担った。

それと同じ、ポルノ映画の「take ivy」はラスメイヤーじゃダメなんだよ。

さっきから何の話をしているんだ!

俺も映画を語るブログとして模範解答になるように日々頑張らせてもらってます。

それにしてもなんで男というものはこんなに下ネタが好きなのか。

デンジャラスじーさんの頃から一つも成長してないじゃあないですか!

ちなみに俺の好きな映画はポルノ映画業界の映画「ブギーナイツ」です!

なんとも70年代のアメリカというものに昔から惹かれてましてですね、だからポールトーマスアンダーソンが大好きだし、PTAがMVも撮影しているカリフォルニア出身のバンドHaimが大好き。写真とかとか見ると、なんだか70sの雰囲気を感じる。

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「ローレルキャニオン 夢のウエストコーストロック」という映画は60sから70sにかけてザ・バーズだのママスパパスだのジョニミッチェルだのが高円寺や下北沢みたいにロサンゼルスのローレルキャニオンに住んでたっていうドキュメンタリー。

チャールズマンソンのシャロンテート殺害もこの近辺で起きてるらしく、この映画の話をディグると、この時代のアメリカをさらに楽しめると思う。

turntokyo.com

 

70年代に撮られた映画といえばなんだ?

ジョンウォーターズは巨大ザリガニにレイプされることでお馴染み「マルチプルマニアックス」を撮ってたし、説明不要の「ピンクフラミンゴ」も70年代。

有名なハードコアポルノ映画「ディープスロート」は1972年

70年代のポルノといえばHBOのドラマ「the deuce」 これもまた、ファッションだったり背景だったり背景音に至るまで70sのフェティッシュが詰め込まれてていいんだ。

オープニングがカーティスメイフィールドで、ブラックスプロイテーション映画の金字塔「スーパーフライ」のサントラを担当した人。

タイムズスクエアの風俗街を舞台とした群像劇で「the wire」や「ホミサイド 」のデヴィッドサイモンが手掛けてるだけあって硬派で面白いんだ。

nuevayork.blog.fc2.com

 

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あの頃の映画は何度も見返してしまう魅力がある。俺は生まれていない。まだ俺がお星様だった時代の映画だ。

セルピコ、狼たちの午後、フレンチコネクション 、ロンググッドバイ、ジャグラーニューヨーク25時、うーん響きだけで美しい。

俺は何かに取り憑かれた人が好きだ。

ヘルツォークのドキュメンタリー「グリズリーマン」は過激派熊保護系おじさんが体を張って熊と接することで危険じゃないということを証明しようとした。

ヴィルヘルムライヒは、よくわからん宇宙エネルギーを使って天気を操れると考え、カスみたいな発明品の数々を世に残した。

それと同じで、俺も70sのアメリカの魅力に取り憑かれた男なんだ。

ヘルツォークの映画の登場人物なんだよ!

【ビデオ成仏】ここで供養させてください

新企画!ビデオ成仏のコーナー!

 

俺のスマホのsafariのタブ数が500件を超えている!ipadなんて500が上限のはずなのにバグって1000を超えてしまった!

それもこれも観ないのにメモのように残しているYouTubeの動画タブのせいだ。

調べ物をするときに邪魔でしょうがない!

ということで、このブログに動画を貼り付け、メモ書き程度にその動画の説明を残すことで、個人的に後で見返すときに便利になるというコーナー

なので、俺以外の人は読まなくて大丈夫です。

それではいってみよー!

 

 

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The Boulet Brothers' Dragula

 

ホラー、ドラァグ、BDSM、パンクなどのアンダーグラウンド文化を融合させたアメリカのリアリティ番組。

The Boulet Brothersが司会を務める。

番組はもともとYouTubeで配信され、その後、アメリカではNetflixやShudderで配信された。

世界各地から集まった11人のドラァグ・アーティストが、アンダーグラウンドなスタイルのコンテストで競い合う。

ホラー映画専門誌『Fangoria』は、本作をホラーファン必見の番組として取り上げた。

特に評価されているのは、ドラァグをアウトサイダー・アートの一形態として扱っていることだ。一般的な美の基準から外れた表現や、奇妙で型破りなスタイルを積極的に受け入れている。

 



 

 

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Bettie Page

 

1950年代のピンナップ写真で名声を得たアメリカのモデルで「ピンナップの女王(Queen of Pinups)」と呼ばれた。

1951年末から1952年初めごろ、ペイジは写真家アーヴィング・クロウと仕事を始めた。1957年まで、ピンナップやBDSMをテーマにした通信販売用写真のモデルを務めた。

作品には、ランジェリーやハイヒールを身につけた女性が登場し、誘拐、支配、拘束、スパンキングなど、当時のフェティッシュ文化に関連するシチュエーションを演じた。

これらの作品は当時のアンダーグラウンドな映画と同様、粗削りな映像と秘密裏の流通を特徴としていた。

「ジャングル・ベティ(Jungle Bettie)」シリーズは、彼女の代表作のひとつとなった。モジャとムビリという2頭のチーターとともに撮影した写真も含まれる。

ペイジは、撮影で着用したヒョウ柄のジャングルガール風衣装や、多くのランジェリーを自分で制作していた。


 

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The Mandela Catalogue

 

Alex Kisterが制作したアメリカのインディー・ホラー映像シリーズ。2021年からYouTubeで公開され、アナログホラー(Analog Horror)を代表する作品のひとつとして知られている。

VHSテープ、古いテレビ放送、警察の注意喚起ビデオ、宗教的な映像などを模した演出が魅力。

アメリカ・ウィスコンシン州にある架空の地域「マンデラ郡」。1990年代から2000年代を中心に、住民たちは「オルタネイト(Alternates)」と呼ばれる恐ろしい存在に脅かされている。

オルタネイトは、人間にそっくりな姿へと変身する超自然的な存在。人間の心理を巧みに操り、恐怖や絶望を与え、最終的には人間に取って代わろうとする。

 

 

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video days

 

後に『マルコヴィッチの穴』『her/世界でひとつの彼女』を監督するスパイク・ジョーンズの映像作家としての原点は、1991年にスケートボードブランド Blind Skateboards から発表された、約24分のスケートビデオだった。スケーターの技を記録するだけでなく、音楽や編集、カメラワークを駆使した映像作品へと発展させた。

 

 

 

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味園ユニバース

 

大阪・千日前にあった巨大なキャバレー兼イベント空間。

 

2000年代以降、ビルの2階には個性的なバーやスナック、アーティストやクリエイターの拠点が集まり、サブカル界隈では有名になった。『リンダ リンダ リンダ』などで知られる山下敦弘監督により「味園ユニバース」という映画も作られた。

 

 

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森田童子

 

1970〜80年代の日本のフォークシーンで活動した、謎めいた女性シンガーソングライター。代表曲は「ぼくたちの失敗」。

「バイオハザード」を観た男、過去を思い出す

ザッククレッガーは「ウェポンズ」が拍子抜けだったために、あまり新作のバイオハザードは期待していなかったのだが、これがもう面白いのなんのって。びっくりしちゃった。

俺とバイオハザードとの因縁の歴史は俺が小学生の頃に遡る。

俺が小学生の頃は(今24歳だから小学生の頃は2015年とかかな、もう24だってよ初老だよ初老)は日曜洋画劇場だか土曜洋画劇場だかどっちだか忘れたが、何度もポールwsアンダーソンのバイオハザードシリーズが放送されてたっけ。

ポールwsアンダーソンは世界三大映画賞を全て受賞したあのポールアンダーソン!とはまた別の、ミラジョボビッチが大好きなボンクラの方です。

バカにしているわけではありません!

なんせ、wsアンダーソン版バイオハザードは俺のガキの頃の青春が詰まっているからでありまして、この世紀の駄作を見て俺は映画が好きになったと言っても過言ではないのです。

話はまったく覚えていないものの、あの有名なサイコロステーキ先輩のシーンや印象的で記憶に残るスコア、そして何より魅力的なキャラクター!

魅力的すぎて5作目で過去の人気だったけど死んじゃったキャラを雑な理由付けして再登場させてたっけ。

1作目で死んだミシェルロドリゲスがクローンだかなんだかの設定を利用して再登場します。

ミシェルロドリゲスってワイスピシリーズに出てくる男勝りな女だよね。一昔前はちょこちょこ映画に出てた気がするけど、最近あまり見なくなったね。

そんなことはどうでもいいんだ。

さらにどうでもいい情報「バイオハザードアフターライフ」では「サンズオブアナーキー」のティグが登場し、主人公達を裏切ります!

ホント、そんなことはどうでもいいんだ。

2026年版のバイオハザードの話をする前に、俺とゲームとの因縁の物語も語っておこう。

初めてゲームのバイオハザードをプレイしたのは3DSの「バイオハザード リベレーションズ」から。地中海を漂流する幽霊船に行ってお友達のクリス君を探すってストーリー。

もう何周プレイしたかわからない。ストーリーはまったく覚えてないけど、指がちぎれるほどプレイした記憶。

ホラー映画もホラーゲームも好きだった。

クリーチャーの造形がいいよね、今作の映画でも、BOWのデザインがよかった。

バイオじゃないけど、HRギーガーのようなビジュアルデザインの「scorn」だったり、地獄探索ゲーム「agony」、あとプレイしてないけど「ILL」なんかはインスタで流れてくるAIで作ったキモいホラーショート動画みたいな感じでいい。

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ギレルモデルトロとはまた違ったモンスターフェチがあるんだと思う。

話を戻してバイオハザードの話

DSでめちゃくそにプレイした後、PlayStationを誕生日に買ってもらう。

1はたしかリメイクを買って2.3はPSvitaでプレイしたんだな。

4もリメイクでプレイしたんだけど、プレイヤーの上手さによってゲーム難易度も柔軟に変わるって知ってましたか?

さすが世界のCAPCOMですわ。

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いつまでゲームの話をしてるんだ。

はやく映画の話をしなさいな。

話が脱線するけど、ザックチェリーって俳優いいよね。今作だとアンブレラ社の研究員やってたオッサン。

ゲーム繋がりだと、ドラマ版のフォールアウトでもでてたっけ。

ザックチェリーに限らずポールウォルターハウザーもそうだけど、今作が名俳優が雑に死ぬっていう驚きがあったね。もっと話に絡んでくるのかと思いきや、雑に殺されるという。

フォールアウトの話を少しするなら、ベゼスダってクリーチャーデザイン愛があまりない気がする。

スカイリムとかでもそんなに個性のあるデザインのキャラクターは見当たらないし、preyなんてただの黒い墨みたいなヤツらが敵じゃん。DOOMはまだいいけど、ありがちなデザインっちゃありがちなデザイン。

 

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に比べて今作のクリーチャーのデザインはとてもいい。

さて、だいぶ話が脱線し、前置きが長くなったが、やっとこさ今作の感想に入るとしよう。

 

 

 

 

 

面白かった!

planet comic.jpより「メタル・ユルラン」についての解説

今はなき海外コミック専門webサイト「planet comic.jp」

ブログなどのデジタルメディアの情報はブログ閉鎖などにより、いとも簡単に喪失してしまう。

マニアックな情報は大抵、謎の人物が記した個人ブログをディグると見つけられるものだが、そういった記録が失われていくのは悲しいのう

 

というわけで、ただ俺がこの記事を後々見返してバンドデシネについての情報を思い出したいがために、知らんサイトの情報をそのまま転記します。

誰も読んでないブログだし、金とってるわけちゃうし、今はなきサイトだし、大丈夫だよね?

問題あったら消します

 

メリーっクリスマス! えっ、誰だコイツ?じゃと、何じゃ冷たいのう、もう忘れられてるのか……。わしじゃよ。うぉっちゃーじゃよ。若いもんは冷たいのう。もう年の瀬も押し詰まっておるから、はやいとこ仕事だの掃除を片づけて、暖かい部屋でぱーちーをしたりとか、こたつでTVを見たりとかしたいっていうことなんじゃろ。わしのことなんか、どーでもいいに決まっとる。何じゃい、フンだ。……え?いじける前に質問を片づけろじゃと?……そうじゃな……ずっとこたえを待たせておるものなあ……そりゃ、忘れられても……しかたないやな……わ、わしが悪かった……ゴホゴホ……
 
 久しぶりだから照れくさくて、ちょっと寸劇をかましてみたが、ま、てけとーにここらでいいとしてお便りじゃ。

 「フランスの“ヘビーメタル”や“メタル・ユルラン”について、あまりよく知らないので教えてください。この2つは、同じコミックなんですか?」(服部広毅 さん)

 「バンドデシネとアメコミの違いはなんですか?」(Co.ek さん)
 
 うー、みんな難しいことを言うんじゃのう……
 フランス語で、コミックを「バンドデシネ」、略して"BD"(ベーデー)と言う。Bande Dessineeは「デッサンの描かれた帯」という意味じゃ。なぜ「帯」なのかということじゃが、英語のComic Stripという単語がよく当てられているところを見ると、連続コママンガ、そして映画のフィルムからの連想じゃないかのう。 また、バンドデシネには9th Art(9番目の芸術)という別称もある。(1)文学(2)音楽(3)絵画(4)演劇(5)建築(6)彫刻(7)舞踏(8)映画に続く芸術表現とされておるのじゃよ。どうじゃ、高尚じゃろ。ここからしても、日本のマンガやアメコミと違う認識を得ているメディアということがわかるじゃろう。
 このページを見ているようなマンガ読者のみんなには、“バンドデシネ”といえばフランスの、なんだか地味で、でも描きこみはすごくて、いい装丁の高価な本、という認識があると思うが、実際には「フランス語で描かれたコミック」がバンドデシネなわけじゃからして、世界的には、“バンドデシネ”といえばフランス語で出版されているベルギーコミックの方が有名だったりするのじゃよ。

 バンドデシネの歴史は古く、はじまりは1830年からとされておる。フランスの新聞の風刺マンガからのスタートじゃ(現在バンドデシネというジャンルを語る際には、こうした風刺コママンガは除外されておるがの……)。 1890年代末、フランスでははじめてのコミックキャラクターと言われる「LA FAMILLE FENOUILLARD」が新聞連載マンガとして誕生。とんで1930年にはベルギーで、ディズニーの台頭に対抗しようとしたデュプイ社が、ベルボーイのスピローを主人公にしたバンドデシネ「スピロー」を発行して大ヒットさせた。ついで、同じくベルギーで「タンタン」が発売され、ベルギーだけでなくフランス語圏でバンドデシネは大変な人気を得たわけなんじゃ。1960年代にはフランスで「アスタリスク」という、ローマ時代を舞台にしたコミックが発売されて大ヒット、これも国民的人気コミックとなっておる。ととてつもない駆け足のブリーフ・ヒストリーだったがカンベンしてくれい、なんせいくらわしでも、どうにもフランス語が苦手なんじゃ。こういう歴史は例えば、ベルギーのバンドデシネセンターCentre Belge de la Bande Dessineeや、フランスの国立バンドデシネセンターCentre National de la Bande Dessineeなんかのページに紹介されておる。
 んでもってじゃ、ここまでの時代の作品は全部子供向けで、週間ペースで出されていることがほとんどだったんじゃ。今日の“バンドデシネ”という言葉で連想するような、じっくり描きこまれた大人向けの芸術作品というものが生まれてくるのはごく最近のことなんじゃ。

 バンドデシネの今のこの状況を創り出したのは、フランスの前衛的コミック誌「メタル・ユルラン」の創刊によるところが大きい。1975年、それまでの子供向け商業誌ばかりという風潮に背を向け、新しい時代のバンドデシネを作ろうというコンセプトで、ユマノイド・アソシエというマンガ家集団がたちあげた新雑誌が「メタル・ユルラン」じゃ。ユマノイド・アソシエのメンバーには、メビウス(ジャン・ジロー)、フィリップ・ドリュイエ、ジャン=ピエール・ディオーネ、バーナード・ファルカシュといった作家たちがいた。特に、メインのマンガ家として活躍したメビウスの影響が大きく、コミックは次第に芸術作品として認められていくことになる。そして量産されず、クオリティが追求され、知的な大人のためにしばしば哲学的内容を含んで描かれる現在のフランスの“バンドデシネ”スタイルが完成するわけなのじゃ。
 このフランス製バンドデシネは世界中のコミックシーンに大きな影響を与えた。世界中のどこの国でも、コミックはやはり子供むけで、量産される商業誌での掲載だったから、衝撃は大きかったわけじゃな。
 1977年には「メタル・ユルラン」のアメリカ版「ヘビーメタル」誌が出版されることになった。そもそもはな、サブカル系のユーモア雑誌「ナショナル・ランプーン」のフランス語版を出すためにパリへ渡っていたレン・モーゲルが「メタル・ユルラン」を見て興味を持ち、アメリカでの出版権を得たのがはじまりなんじゃ。ちなみにモーゲルはのちに「ナショナル・ランプーンズ・アニマルハウス」などの映画プロデューサーにもなったところから、「ヘビーメタル」もこの後2作の映画が作られることになるのじゃよ。もう一つちなみに、2作目の「ヘビーメタル:FAKK2」は日本語版DVDが今年の3月にリリースされてるのじゃ。

 ともあれ、「メタル・ユルラン」より大規模なマーケットを持つ「ヘビーメタル」によって、バンドデシネは世界中に知られていくことになる。「ヘビーメタル」は、当初フランスの作家を英語版で紹介する形だったが、そのクオリティの高さにひきつけられたマンガ家たちが集まりはじめたこともあり、しだいにアメリカやその他の国出身のマンガ家の作品も掲載されはじめた。リチャード・コーベン、フランク・フラゼッタ、サイモン・ビズレーなどの超絶技巧派イラストレーターたちのコミックが掲載されていく。また、アメリカならではのロックやサイケなどのサブカル文化も取り入れた「メタル・ユルラン」とはまた違うスタイルが生みだされ、アート的なコミック雑誌の最高峰を極めたのじゃ。 だが80年代後半にはその勢いも失速しはじめ、月間で出版されていた雑誌も隔月へと落ちこんでいく。その後、1991年に自費出版の「ミュータント・タートルズ」の大ヒットでひと山当てたケビン・イーストマンが「ヘビー・メタル」誌を買収してからも、隔月で雑誌が出されておる。現在はファンタジー・グラフィック・アートの雑誌としての色合いが強く、創刊時の先鋭的バンドデシネの雰囲気はもうないが、やはりそれでも一つのジャンルを築いている雑誌として認知されておるんじゃよ。
 さっき映画の話が出たが、「ヘビーメタル」の世界観をベースにしたゲームのリリースもあった。2000年には2作目の映画をベースにした「ヘビーメタル:F.A.K.K.2」(P&A; GAMES)2001年には「ヘビーメタル:ジオマトリックス」(カプコン)が日本リリースされておる。どっちもそのオフィシャルサイトが残っておる。こうした日本語サイトを訪れれば、なんとなく“ヘビーメタルらしさ”が見えてくると思うので、よくわからんという人は行ってみたらどうじゃろか。

 一方、本家「メタル・ユルラン」も同じく80年代に失速して1987年にとうとう廃刊しておる。だが2002年に入ると、ユマノイド・アソシエのアメリカ拠点であるヒューマノイド・パブリッシングから「メタル・ユルラン」がSFコミック雑誌として再び創刊されたのじゃ。フランスとアメリカのマンガ家を取りまぜて作品掲載するところは、往年の「ヘビーメタル」誌に近いところがある。じゃが、現在の「ヘビーメタル」に比べると、新生「メタル・ユルラン」はグラフィックへのこだわりよりもコミックの面白さに比重を置いているように見受けられるのう。かたわらヒューマノイド・パブリッシングは、もちろん、メビウス、エンキ・ビラル、ヒネメスなんかの“バンドデシネの巨匠”の英語版も出版して、バンドデシネ文化を護っておるがな。
 
 どうじゃ、わかったかな? あ~~、2つも質問に答えちゃって、今回はさすがのわしもちかれたぞい。そろそろわしもコタツに入ってTVでも見ながら休むことにしようかの。じゃ~みんな、よいお年をな。おっと、年末年始にコミックを読んで疑問がでてきたなら、わしに聞いてくれたまい。じゃな。
 

 

ロバートクラムについて知っていること

市役所で生活保護の審査にやってきた猫のフリッツ、職業指導の説明会をすっぽかして家に帰ってマリファナをキメ、おっぱい丸出しの嫁と喧嘩して家から追い出されてしまう。

反省して仕事を探すどころか、友達から酒を貰いグデグデになるまで飲みまくり他の女と浮気する。

この話、吾妻ひでおの漫画の一節じゃないですよ、アメリカのアンダーグラウンドコミック「fritz the cat」です。

猫のフリッツだなんて可愛らしいタイトルでありながら、絵はゴチャゴチャとして汚く、話は無駄にリアルで読んでいて鬱になりそうだ。

海外マンガを日本に紹介した第一人者、小野耕世はクラムの絵を「これがリアルな人間だ」と紹介している。

 

ロバート・クラムの描くキャラクターは、いずれも、ずんぐりと、まるっこく、とくに下半身が、大きい。足が、ばかでかい。

クラムランドを歩く人間たちは、まず、第一に、汗くさい。スマートではない。ダンゴ島で、ポケットに手をつっこみ、ぶつぶつつぶやきながら、街の裏を歩く若者。それより、まあ、通常の分けかたでいえば、エリートといわれる背広をきた男は、顔じゅうしわだらけで、汗をたらし、メガネをかけ、暗く、おしだまっている

つまり、この男は、なにものかというと、平均的な、我々の姿だということになる。

 

初めてフリッツザキャットの名前を聞いたのはいつだったか。

アングラコミックの存在を知ったのはクラムからではなく、アメリカの風刺雑誌「MAD」からだったと思う。

簡単に歴史を辿ると、フレデリックワーサムなる心理学者がコミックが子供に悪影響を与えると批判し、それにより宗教団体だのなんだのに槍玉にあげられたコミック業界は1945年に自主規制コードを設ける。

映画スパイダーバースの冒頭で画面に映るこのマークがComics Code Authority(CCA)という、かつてアメリカの漫画を自主規制していた組織の認証マークだ。

コミックスコードは制定される前、人気だったホラー雑誌のひとつECコミック(代表作クリープショーは映画化もされている。監督は俺たちのジョージAロメロ!脚本はスティーブンキングだ)から、ハーヴェイカーツマンなる男が「MAD」を生み出し、現在のような大人向けのユーモア雑誌に脱皮した。

カーツマンの「MAD」はアンダーグラウンドコミックの先駆けとなった。

ロバートクラムが活躍したのは60年代、クラムはカーツマンを崇拝していた。

ちなみにカーツマンのユーモア雑誌「help」にクラムは旅行スケッチを掲載している。

1960年代のアメリカでは、若者文化や反体制運動が盛り上がり、サンフランシスコはヒッピー文化やサイケデリック・アートの中心地のひとつだった。

先述した自主規制コードの影響を強く受けていたコミック業界に反旗を翻すべく、クラムは『Zap Comix』なるアングラコミック雑誌を出版する。これは大手出版社を通さず、独立した形で制作・販売された。

なんとパンクな男だクラムよ!

何でも自分たちでやらなきゃならないと考えたクラム達は中古の輪転機を購入し、印刷の勉強をした。作者と発行者が一体になっているからこそ、描きたいことを自由に描くことができたのだ。

もう少しロバートクラムという男の人柄に注目してみよう。

 

「彼くらいの人気と実力があれば、第二のディズニー帝国を築くことだって可能なんだ。ところが、彼がしていることといえば、なんとかして、自分をスターにさせまい、ということなんだ」とジャクスンが言った。実際には、ロバート・クラムは、スーパー・スターであって、たとえば、「プレイボーイ」誌は、パロティ漫画「リトル・アニーファニー」のなかで、登場人物がアンダーグラウンド新聞を読んでいる場面を描き、その新聞に、クラムの漫画が載っていたことがあった。ほんの一場面にすぎないが「プレイボーイ」は、クラムに、莫大な金を支払い、さらに、1ページ五百ドルで、クラムの作品を載せようとした。だが、クラムが頑として断ったので、ギルバート・シェルトンが、描くことになった例があるほど、クラムは、自分を護ることに懸命で、いつもは、サンフランシスコより北へ、自動車で二時間ほどの、ポッター・ヴァレイのコミューンで、電話のない生活をしている。

 

クラムの人柄について深く知るなら、ドキュメンタリー映画を見るといいだろう。

上記の通り、クラムという男は少しばかり自閉的で、ドキュメンタリーを観る限り女性蔑視的とも思える人物で、どこか風変わりな性格は家庭環境に起因するものだと思えなくもない。

母はメンタルが不安定でおそらく躁鬱病。

クラムの兄チャールズはマンガが好きでロバートも兄の影響でマンガを描き始めた。

クラムの兄弟(5人いるのだが)は精神に病を患っており、クラムは兄弟の様子を間近で見て育ったのだ。

映画で語られるところによると、クラムの弟

は18歳で痴漢を始め、地下鉄で中国系の女性を狙っていたらしい。

街を物色して周り、ショーツを履いた少女を発見、後ろに立ちショーツを引きず下す、こんな弟の変態エピソードを聞きながら笑いを抑えきれないロバートクラム。

その後弟は長いヒモのようなものを口の中に入れ、釘が打たれた板を取り出す。瞑想のためものらしく、苦痛を制御するためだと言って釘の打たれた板の上に座る。2時間座りヒモを定期的に体内に入れ、尻からヒモがでてくるのに3週間かかると語る。

クラムの悪趣味な作品の完成までの道のりは、このドキュメンタリーを見れば全て納得がいく。

 

 

そんな彼も今じゃメンタルが安定したのかなんなのか、バンドを結成している。

「R. Crumb & His Cheap Suit Serenaders」は熱心なレコード収集家であるクラムとRobert Armstrong、Al Dodge、映画監督のテリー・ツワイゴフがメンバーとして在籍している20年代のアメリカ音楽を現代に持ち込んだバンドである。

クラムは「John Heneghan」なるYouTubeチャンネルで迫真の演奏も披露している。

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ドキュメンタリー映画「クラム」の監督テリー・ツワイゴフは海外アンダーグラウンドマンガの実写映画でよく聞く名前であり、他にダニエル・クロウズ原作の名作「ゴーストワールド 」や「アートスクールコンフィデンシャル」を監督している。

 

 

 

今、フリッツザキャットの原作コミックが読みたいと思ったとしても読む手段は少ない。

日本で4号までしか出版されなかった海外マンガ専門雑誌「woo」にて、数ページ分だけ小野耕世の翻訳で掲載されているので、そこで読むか、あるいはwooのムック本としてフリッツザキャットのみが掲載されている本が存在するのでソイツをどこからか手に入れてきて読むかしかない。

 

ちなみに「フリッツザキャット」はアニメーションで映画化されている。

この映画の特徴は、ふたうのリアリズムにある。ひとつは、背景となるニューヨークの市街を、徹底した写真撮影(スチル・ロケ)を行い、それに基づいて描いたこと。もうひとつは、登場する黒人プラック・パンサー党員の声、売春婦の声なと、すべて現地で録音した声をつかったこと(いわば、音声のロケ)で、荒廃した都会の雰囲気が、実感を持って再現されている。

監督はラルフバクシ、代表作は実写のロードオブザリングよりも前に映画化されたアニメーション版の「指輪物語」、他にも「アメリカンポップ」という作品ではロトスコープという実写をなぞってアニメーションを作る技法を使っており、普通の手描きアニメとは異なる生々しさがある。

話は逸れるが「ファイヤーアイス」という作品は「英雄コナン」(シュワルツネッガーの実写版コナンザグレートが有名)の小説の表紙絵で知られるフランク・フラゼッタとコンビを組んで制作したファンタジーアニメーションであり、「シンシティ」や「スパイキッズ」の監督ロバートロドリゲスがリメイクする企画もあったという。

 

 

クラムは日本にもカルト的な根強いファンがいるようで、探してみると日本のファンサイトがあったりする。

https://www.tcp-ip.or.jp/~jungle/

 

と、まぁクラムについて延々と語ってきたわけだが如何だっただろうか。

個人的には、クラムの作品はそれ自体を純粋に楽しむというよりも、アウトサイダーアートを楽しむときのように、作者の生い立ちや背景にあるエピソードも含めて味わうことをおすすめする。

というわけなので、テリーツワイゴフの映画「クラム」は必見なのです。

【喫茶店放浪記】名曲喫茶ネルケン

いつか高円寺に住みたいと前々から考えてはいたものの、なぜ草加に移り住んでしまったのだろうか。

まぁ事情を話すと、自分の身の上話を長々とする羽目になるので省こうと思う。

キャバクラの客引きで夜の草加は賑やかになり、時たま、およそ人間のものとは思えない声色の雄叫びがアパートの一室から聞こえてきたりするのだが、それに比べて高円寺のなんと健全で文化的なことだろう。

思いつくのは古着、古本、レコード、古びれたアパート群、夢を追い人、人生が停滞している若者等々…。

ちなみに俺はこれらのどれもに趣味、境遇が当てはまる。夢追い人ってところは当てはまらないか、ただの特に理由もなく諸々が停滞している体たらくな若者。

もう若者って歳でもないか、来週で24だぜ、どうするんだこれ、誰か助けてくださいな。

高円寺に足を運んだ理由は特にありませんで、ただダラダラと時間を持て余していたので、いずれ移り住むことになるであろう場所で散歩をしてみようなどといった、年金暮らしの老人のような考えに至ったのであります。

古着屋や古本屋をいくつか見て回り、昼の時間。

高円寺には「エセルの中庭」「ルネッサンス」「ペリカン時代」など興味深い喫茶店が多々あるのだが、そのどれでもなく特に理由なくフラッと立ち寄ってみた場所が「名曲喫茶ネルケン」

名曲喫茶とは渋い音質でクラシック音楽を楽しむことのできる喫茶店であり、スパルタ教師のスパルタ授業ばりにお喋り厳禁な喫茶店のことをいいます。

店に入ると、マギースミスみたいな上品なお婆様に迎えられ、とりあえず窓際の席にお座り。

席は新幹線のように向きが一方通行になっており、2人いたら向かい合って座ることのできるテーブル席は少ない。

いつも通っている草加のトムズコーヒーがグッドフェローズだとしたら、ネルケンはゴッドファーザーのような重厚感があり、身を置くと緊張感を感じるため、100%純度のリラックスができる空間とはいかなかった。

部屋にはギリシャ彫刻だの絵画だのが飾ってあり、ここはおそらくボンクラ映画小僧の俺が来ていい場所じゃないんだろう。

anyway(ニヤッ)、入ってみたのだから何かしら注文しないと変人を見る目で見られてしまう。

白い目で見られるのは俺の人生通して最大の課題であるのだからしょうがないのだが、今この場限りはジェントルマンに振る舞いたいものだ。

とりあえずコーヒーを注文。うん、普通に美味しい!特別美味しいとかじゃなく普通のコーヒーの味で普通に美味しい!

こういう時、何か上手い食レポができればいいのだが、コーヒーについて詳しいわけでもなく、池波正太郎のような語彙力があるわけでもないので、普通に美味しいとしか表現できないので、そこんところは誠に本当にめちゃくちゃごめんなちゃい。(テヘペロ)

コーヒーを飲みながら、今後の人生について考える、すぐ飽きてスマホを触り出し何をするかと思ったら今日の予定の確認をし始める。

この後も草加で予定があるのだ。高円寺にはほとんど気まぐれで行ったため、予定に間に合うかどうかわからない。

まぁおそらく間に合うだろう、この超多動超直感型成り行き任せライフスタイルは、あのPOPEYEでもホットドッグプレスでも真似しようとは思わなかろう。ウッディアレンはセゾングループのCMで「おいしい生活」などと書かれた紙をピラリと見せたが、俺が一言紙に書き添えるなら「くるしい生活」だろう。

経済的にも精神的にも…。

コーヒーを飲み干し席を立つ。

600円

いつもトムズコーヒーで飲んでいるので(一杯250円くらい)

喫茶店でのコーヒーの金銭感覚、(通称コヒ感)がバグってしまっているのはよくない。

上品で贅沢な空間がよかったので、余は満足じゃ。

高円寺の小さな葉巻と銀座の貧乏人

高円寺に上陸、特に行きたい場所もないので、視界に入った古着屋に立ち寄ったり、古本屋でstudio voiceのバックナンバーを見たりする。

高円寺は観光するところではないかな、住んだら便利だと思うけど。

結局やることがないので、特に理由なく煙草屋に向かう。

「こばやし米店」は紙タバコならなんでもござい、パイプがガラス越しに飾られていたり、見たことない巻きタバコが売っていたりと興味深い。

パイプや煙管、巻きタバコ界隈は最近気になってはいるものの、手を出せていないので、興味深く見て回る。

店の奥の方にチョコンと、俺に買って欲しそうに居座る商品を発見。

リトルシガーと呼ばれる、小さな葉巻、一本160円。

2本買って、1本は行きつけ(ワケあって、もうあまり行きたくない)の居酒屋のマスターにプレゼントするとしよう(と、この頃は考えていたのだが、結局受け取ってくれなかったので隣の席の客にプレゼントした、俺も試しに吸ってみたかっただけで2本もいらないのです)

近所の煙草屋には極太の1本1000円くらいするガチムチの葉巻があるのだが、そいつに手を出すのはまだ早い、リトルシガーから練習しよう。

買ったのは「swisher sweets」という名前のもの。有名なんですかね?

両端カットでフィルターがついていなく、咥えるのがなんだか怖い。

タバコを吸う時、よく肺まで吸わない奴はバカにされる風潮があるのだが、葉巻の場合は口腔喫煙が基本らしい。

吸ってみてレビューしてみてもいいのですが、映画の悪役よろしく、何か特別な出来事があった日に封を開けて楽しむとしよう。

フラッと高円寺に足を運び名曲喫茶でコーヒーを嗜む、煙草屋でリトルシガーを買って帰りは読みかけの常盤新平のエッセイを読む。

なんと、おいしい生活、これをおいしい生活と呼ばずしてなんと呼ぶか!コン畜生め!

常盤新平といえばアメリカへの憧れ、特にニューヨークへの。

ハーパーズバザーやヴォーグ、ニューヨーカーを読んで断片的にアメリカを理解する。

俺にもありますよ、アメリカへの憧れ、まぁカルチャー限定での憧れにはなりますがね、住みたいとはまったく思わないです。

場所は変わって日比谷。

日比谷に存在したAMERICAN PHARMACYというドラッグストアには、アメリカから輸入された化粧品や日用雑貨が並んでいたようで、小野耕生のエッセイで初めて知りました。

常盤新平からアメリカの雑誌カルチャーやマフィアについて学び、小野耕世から海外のマンガ文化の理解を深め、これをセゾングループのキャッチコピー、おいしい生活と呼ばずしてなんと呼ぶか!

というわけで、実際にアメリカンファーマシー(現在は大手町の丸の内ビルの地下にある)に足を運びましたよー。

現在はもはや昔の面影はなく(昔のアメリカンファーマシーに行ったことはないが、噂に聞いていたアメリカのお菓子だの雑貨だのは見当たらない)普通のドラッグストアと化していた。

その後歩いて銀座日比谷有楽町と移動してみたものの、小野耕世がエッセイで語った場所は、まったく別の空間に様変わりしており、俺がアイビールックに身を包んだ、みゆき族にはなることはありませんでしたとさ。

弟のバイト先である「marunouchi base」でハンバーガーを平らげる。

その後、銀座までお散歩、道中、有楽町の「the stand」でカヌレを3つ購入しお土産としてお持ち帰り。

銀座に来たところで何が買えるわけでもなく、ロエベだのプラダだのの店舗に汚らしい土人の足を踏み入れてはみるものの、値段が高いだの安いだのリアクションを取る以前にそもそも値札が付いていないことが多い。いったいどれだけ高いのか、俺の年収より高いんじゃないかと考えると「パラサイト半地下の家族」の下の階に住んでいる側な気分にさせられる。他の店舗もショーケース越しにヨダレを垂らしながらただ眺めるのみ。

いつかパゾリーニの「テオレマ」の如く、どっかの独身貴族のハートを掴み、家族丸ごと乗っ取って改めて銀座を闊歩してやるぜ!